料理と私

2025.06.02
料理と私

 今年中学二年と小学五年になる娘を育てながら、料理研究家のアシスタントをしてきました。それまで料理と全く縁のない業界で、新卒から十四年正社員として仕事をしていた私が、なぜ急にこの世界に飛び込んだのか、お伝えします。
 子ども達がまだ小さかった頃、私は会社勤めをしながら子ども達を保育園に預けてフルタイムで働いていました。リモートワークが珍しかった当時、頼れる両親は近くにいなく、通勤に時間がかかる場所だったこともあり、文字通り目の回るような日々を送っていました。保育園のお迎えでママ友とすれ違っても、立ち話をする間もなく大急ぎで家に連れて帰り、夕飯を作って食べさせ、お風呂に入れて歯を磨かせ、本を読んで寝かしつける……。
 そんな中、唯一息抜きになっていたのが、夜子ども達が寝しずまった後に作る料理でした。冷蔵庫の残り野菜を入れて作る朝用のスープ、会社に持っていくお弁当用のおかず、翌日の夕飯を手早く準備するための下拵えなど、夜な夜なキッチンに立っては作っていたものです。
 仕事終わりの通勤電車で、その日の冷蔵庫の中身を思い出しては「今夜は何を作ろう」「どんなおいしそうなレシピがあるのかな?」と調べていると、片道一時間はあっという間。くたくたになった日でも、寝る前にキッチンに立って料理しているうちに、いつの間にやら気持ちがリセットされて、最後にはちょっとした達成感も得られるのでした。
 今思えば、日々のタスクをこなすだけで精一杯だった私にとって、自発的に何かを生み出すことができ、食べた家族にも「おいしい!」と喜んでもらえる、そんな一石二鳥の魔法が料理だったのです。


 ただ、周りを見渡すと仲の良いママ友達から聞こえてくるのは「料理は苦手」「献立考えるのが辛い」「週末は料理なんてしない」という声がほとんど。「食べること」は毎日のことだから、疲れているときはできたものを買ってきたり、外に食べに行ったり、うまく力を抜けばいい。でも、作るときはもっと楽しく料理と付き合えたらどんなにいいだろう、そんなお手伝いがどうにかできないかなと思ったものです。
 そんな私を見ていた夫から「そんなに好きならいいかげん料理を仕事にしたら?」と言われ、また、ちょうど上の子が小学生になったこともあり、仕事しながら通えるフードコーディネーターの学校に通ってみようと思い立ちました。右も左も分からないままだった私ですが、そのあとはご縁に恵まれて料理研究家の先生にアシスタントにしてもらい、どうにかこれまで五年下積みを経験してきました。
 また、アシスタントと並行して、今は近所で畑をやっている方のところで畑仕事のお手伝いもしています。毎週土曜日、父親くらいの方達と四十代の仲間と一緒に、その季節ごとの野菜を無農薬で育てているのですが、冬は少しずつ、夏はあっという間に大きく育っていく野菜達を見るのはとても楽しいものです。

 とはいえ真夏に熱中症と闘いながら炎天下でする草取りも、冬、凍えながら野菜の泥を落とすのも楽しいばかりではありません。だからこそ、みんなで手をかけて育てた野菜を収穫する時の喜びはひとしお。
 毎回新鮮ぴちぴちの野菜をもらってきて料理するのですが、とれたての野菜は香りもよくて瑞々しく、ちょっと塩をかけたり、炒めるだけで十分美味しいことに気づいたのも畑のお手伝いに行くようになってからです。
 形は不恰好だったり、虫食いのものもありますが、手間ひまかけずこねくり回さずとも、ちょっとしたことでしみじみ美味しい一皿になってくれるのですね。元々シンプルな料理が好みでしたが、畑に行くようになってからより一層、食材の持つ力をほんの少し手伝って引き出してあげる、そんな料理が増えたように思います。


 私自身はレストランのキッチンの経験もなく、調理師学校を出たわけでも、栄養学を学んだわけでもありません。だからこそ「普通のおうちで作るごはん」から離れず、作る人に寄り添ったレシピでありたい。
 決して華やかではないけど、家族が食べてホッとするごはん、しみじみ美味しいなと思えるごはん、そして作っている人が楽しく作れて、無理なく続けられる、そんなレシピを提案していけたらと、そう思っています。

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